10.1 セーフコフィールド観戦記

PUGET2004-10-04

3時半、週末ムードに包まれた研究室からこっそりフェードアウト。急いで家に車をとりに帰る。途中、ダウンタウンへ向かうI−90が渋滞。まだまだ試合開始までは時間があるものの、日本からのゲストとホテルで待ち合わせがあったので気持ちは焦る。そもそもこの日のゲームのチケットを買うことになったのは、2ヶ月前に日本から後輩達が学会出張でシアトルに来る連絡を受けて、たまたまフリーの金曜日に地元でナイターがあったので接待気分でチケットを購入していた。その時点ではマリナーズはダントツの最下位で、ホームゲームもガラガラの状態。まぁ、MLBの雰囲気と生イチローを楽しんでもらえればいいかなぁと気楽に考えていた。その後イチローが神懸かったようにヒットを量産し、ついにメジャー記録にリーチの状態でこの日を迎ることになった。


なんとか渋滞を抜け出し、5分遅れでHilton Seattleに到着。久々に会う後輩達をピックアップしいざスタジアムへ。ダウンタウンのど真ん中は夕方のラッシュで渋滞。スタジアムに近づくにつれさらに渋滞がひどくなりいつも馴染みの駐車場はあきらめて手前のInternational Districtで$5のパーキングを見つけて即決。場所的にはちょっとうら寂しくてやばそうなところだったが、今日は野郎ばっかり5人なので大丈夫。QWEST Field(アメフトのスタジアム)の横に差しかかるあたりから球場へ向かう人が増えてくる。東側から見るセーフコフィールドは綺麗な夕日がさしてとってもいい感じ。後輩たちはもうデジカメ取りまくりの、観光客しまくり。球場周辺の駐車場は軒並み値上がりしている。この前(9月15日)に来たときは$8のところが$15に。開幕当初の値段。これもイチロー効果か?球場周辺はかなりの人手。まるで5月のヤンキース戦の時の様。"I need tickets!”のボードを持ってる人も沢山見かける。期待していた日本のマスコミはあまり見かけない。もうみんな中に入ってるのかも。試合開始までまだ50分くらい時間があったが、まず球場に入ってから軽く食事をすることに。入り口では、来年の日程が配られている。早いなぁ。日本はまだ球団数すら決まってないのに。


グラウンドでは子供たちのイベントの最中。TEXの選手たちが数人がストレッチしてるくらいで、みんなベンチ裏に引っ込んでいる。セカンドベース後方に”THANKS”の文字。そしてホームプレートの後には”EDGER 1987-2004”が。そうか、今日見に来てるファンはイチローの記録もそうだけど、エドガーとの最後のお別れにも来てるんやなぁ。試合開始までに腹ごしらえしようと早速Iversのフィッシュアンドチップス、クラムチャウダーで夕食。Red Hookでイチローの記録更新を祈願して乾杯。この時点でスタンドは既に8割くらいの入り。チケットはほぼ完売しているらしいが、いつもより客の出足がいい気がする。やっぱり第一打席から目が離せないからか?子供たちのイベントが終わった後に2004年度のBBWAA Award(全米野球記者協会賞)のマリナーズからの受賞者が発表された。MVPのイチローは当然ながら、残り二人投手部門と野手部門がR. VilloneとJ. Cabreraって・・・・。阪神で言えば、金沢と沖原が選ばれるみたいなもんやん。この受賞式にイチロー登場。本日初お目見え。場内最高潮に盛り上がり。その後、George Sislerの家族が紹介される。娘さん他数名がベンチ横で観戦。一月ほど前の新聞でSislerの家族はイチローがヒットを打たないように毎日祈っているという記事を読んでいただけにちょっと複雑な気分。でも、場内はさらにスタンディングで盛り上がり。


そしていよいよ7時前。いつもどおり国歌斉唱。後輩たちはすっかりアメリカンになって”いぇーーーい!”とか言ってる。それじゃぁ、夜のミナミの酔っ払いのオヤジやん。この3連戦は今季最終戦なのでいつもと選手紹介の違っている。チアガールのボンボンを持った球団職員がベンチ前でゲートを作って、名前を呼ばれた選手がその間を通って飛び出していって守備位置につく。バスケっぽい趣向。当然イチローの登場は全員スタンディングで叫びまくり。もうちびりそー。


7時5分プレイボール。マリナーズの先発は先程のBBWAA Awardを受賞したVillone。いきなり先頭を歩かせ、4番のM. Teixeira に2ランホームラン。観客が試合に集中する前にあっさりリードされるという今シーズンよく目にした光景。まだ、ホットドック屋に並んでる人らもいるって。その後、コントロールに苦しみながらもなんとか2点で抑えてチェンジ。そしていよいよ本当のプレイボール。ベンチからゆっくりとバッターボックスへ向かう背番号51。いつもより明らかに力の入った場内アナウンスが響き渡る。


”ライドフィーールダァーー、イーーチローーーゥスゥズゥキィーーー!”


”ぎゃぁあぁぁぁあーーーーー!!!”


この瞬間から場内が異様な雰囲気になる。空気が重たくなるのが感じられる。全員が総立ち。早くも”I-Chi-Ro I-Chi-Ro!"とイチローコール。初球インコースのストレート見送りストライク。一球ごとにスタンドからのカメラのフラッシュがすごい。2球目ファール。場内どよめき。4万人のどよめき。すぐさまイチローコール。3球目、高めの直球をカットしてファール。場内拍手と歓声。結果論だがこのファールの打ち方にいつものイチローが見えて、この打席で何とかなりそうな予感。それよりも、こんな重い雰囲気でいつも通りのスイングをしてる精神力に感動。”やっぱりイチローはすげぇーなぁー”と思った瞬間、次の外角の変化球をたたきつけ、サードの頭を越える。記録達成!!!場内大歓声。僕らもなんか叫びまくり。レフト後方で花火。今年観戦に来てセーフコで花火上がったのは初めて。鳴り止まない拍手。ファーストのTeixeiraもイチローと握手。なかなか拍手と歓声が収まらない。仕方なくピッチャーは投球練習。ようやくみんな着席しだしたところで2番のWinが打席に入る。Winが倒れた後、3番DHでエドガー登場。場内またスタンディング。今日は忙しいなぁ。この回は結局Booneのゲッツーというこれまた今シーズン見慣れた光景で無得点で終了。守備位置につくイチローにさらにスタンディングで拍手。4方向に帽子をとって挨拶するイチロー。立ち上がり不安定だったVilloneも落ち着きを取り戻して無得点で抑える。3回の表の守備で、ライト線のファールフライをイチローがフェンスによじ登って捕ろうと試み滑り落ちる。球場全体が心配してどよめくも、大丈夫な様子。普段の冷静なイチローならやらないであろうプレー。さすがのイチローも高ぶってるのか?


3回表のTEXの攻撃も無得点で終了。3回裏、先頭はイチローから。いよいよ新記録へのチャレンジがスタート。イチローがコールされる前から皆スタンディング。歓声がすごい。空気が重い。僕も顔が熱くなる。さっきよりもさらに気合の入ったアナウンス。


”ライドフィーールダァーー、イーーチローーーゥスゥズゥキィーーー!”


カメラのフラッシュが止まらない。何年か前、ベッカム様が来日したときのコーナーキックの瞬間もこんな感じだったことを思い出す。今は、サッカーの母国イギリスから日本に営業に来たスーパースターではなく、東洋の島国から野球の母国アメリカにやってきた侍がこれだけの大偉業をなそうとしている。その場に立ち会える幸運に大感謝。いつもよりゆっくりとバットを回すイチロー。高ぶる心を落ち着けるかのよう。ピッチャーが投げるたびにすごい数のフラッシュ。ファールのたびに空気がさらに重くなるどよめき。そして2−2からの5球目。鋭いゴロがピッチャーの左横を抜ける。イチローシフトでサード寄りに守っていたM. Youngが飛びつくも一瞬早くボールはセンターに抜ける。今シーズン最も多く見せてくれたヒット。さっきよりも大きな花火が上がる。すごい。すごい。もうみんな大騒ぎ。まわりの人と抱き合い、ハイタッチしあい、叫びあい。もう鳥肌が立って足ががくがくしてくる。そのとき、ベンチから監督のMelvinが飛び出してくる。それにつられてベンチ全員が出てくる。サヨナラホームランでもないのに。照れくさそうに笑うイチローにMelvinが抱きつく。目には涙が。エドガーもブーンもいる。怪我で離脱してるピネイロも来てる。すごい。こんなん初めて見た。僕も感動のあまり涙が出てくる。”イチロー、ごめん。日本にいる頃は阪神の選手しか興味がなく、あなたの姿はオールスターと日本シリーズでしか見てなかったよ。それなのにこんな感動を与えてくれて。本当にありがとう。”全選手の輪の中からイチローが抜け出してベンチ横のSislerの娘さんのもとへ。ヘルメットを取って握手している。あーーかっこいい。その後選手たちが引き上げ、イチローも1塁ベースに戻ったときに、TEX選手たちもさりげなく祝福。イチローも会釈で挨拶。場内はまだ騒然となったまま。しかも花火の煙でもやがかかった状態で再開。イチローのメモリアルヒットのあとマリナーズ打線はなんと7連打で6点をあげる。そしてこの回2度目の打席が回ってくる。ここからは、前人未踏の世界。一本一本が大リーグ記録更新。先程からの重い空気はもうなくなりみんながイチローに感謝してるような雰囲気になっている。ピッチャーは相変わらず投げにくいのか、いきなり3ボール。場内大ブーイング。僕も”勝負したらんかい!”と叫ぶ。もちろん日本語で。0−3からの4球目をフルスイング。この日一番のいい当たり。センター頭上を襲うライナー。超えたーーーーと思った瞬間、センターが背走ダイビングキャッチ。スーパーファインプレー。場内はため息と拍手。次の回守備位置に着くイチローにまたまたスタンディングオベーションイチロー何度も帽子をとって挨拶。その後、みんな一斉に席を立ってトイレ休憩。トイレもスナックスタンドも大混雑。観客の半分くらい席をたったかのよう。


結局、その後イチローは6回にこの日3本目のヒットをショート内野安打であげる。最後9回表2アウトでライトの守備を退いた。もちろんこのときも歓声がすごかった。僕らも”ありがとう。ありがとう。”と連呼。試合もマリナーズが8−3で勝利。試合後球場の外に出ると日本のテレビ局が何社か取材をしていた。プラカードを掲げてうろうろしてるとすぐに3社続けてインタビューに来た。もう、興奮していて何を喋ったかはあまり覚えてない。ただ後輩の話によると、TV東京のアナウンサーが”明日のイチロー選手は何本うちますか?”というちょっと的はずれな質問に”明日の相手の先発はRodgersなので4打数1安打くらいだと思います。”と冷静に答えていたらしい。後輩たちがお土産を買いたいというので球場内のマリナーズショップへ。もうここは日本?っていうくらい日本人ばっかり。258とプリントされた記念T-シャツが飛ぶように売れている。別に買うものはないので店内のモニターでFOXのスポーツニュースを見ていると、いきなりイチローの記者会見が始まる。通訳を通しているので質問はあやふやながらイチローの答えはばっちり聞き取れる。あいかわらずクールアンドクレバーな感じ。やはりアナハイムでの3連戦11安打のあたりから現実味が出てきたと正直な感想。興奮のあまり、マリナーズグッズを大人買いしまくる後輩たちをホテルまで送って、帰宅。


今回、幸運にもこの日のゲームを生観戦することができた。シアトルに来てよかったと心から思えたし、それよりもイチロー選手に本当に感謝した。僕も含めて何人もの日本人がアメリカに来て働いたり、勉強したりしてる。英語力もない僕は、言葉の壁に苦しみながら日々格闘している。時には日本では受けたことのないような人種の壁を感じながらも、なんとかやっている。そんな僕も含めた何万人もの日本人が今のイチローの姿を見て、感動し、勇気づけられ、日本人としての誇りを思い出したと思う。少なくとも僕はそうだった。いつまでいるかは分からないがつらくてもこの国でがんばろうと思えた。日本人でよかった。野球が好きでよかった。この日の試合は一生忘れないと思う。


イチロー選手、本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でした。しばらくゆっくり休養してまた来年すごいプレーを見せてください。